ファインマンが、自分の物理学に自信が最後まで持てなかった理由

http://repo.lib.ryukoku.ac.jp/jspui/bitstream/10519/903/1/r-rn_473_005.pdf

結局、古典論で、量子場が解けてしまった。 なにも、特別ではないではないか。

というのが、ファインマンの量子場理論構築後の感想であったであろう。

また、無限大は、計算様式を変えて 組み込んで(引き算してしまえ)という、

基本の考え方からすると、 トリッキーだと思えたに違いない。 

これについては、さらなる考察が必要だ。

無限自体が、エネルギーを持つ、という新しい理論を別に考えることも

可能であるからだ。

しかし、ファインマンの計算テクニックに関しては、彼の洞察力に感心する。

例えば、相互作用に関しては、ハ見ると二案では、積分核があらわでないため

グランジェ案ほど、明確でない、という欠点を見抜いていたのはさすがだ


更に、不確定性(量子性)に深入りせず、粒子の特徴を衝突と放射という

これまた古典的観点、そして、時空という相対論的なまたまた古典的観点

から捉えて、それを量子論に一般化した、という、ある意味、困難なところを

後回しにするやり方により、場を最終的に量子的に構成することに成功した。

これぞ、計算テクニックの勝利、哲学などなにも考えず、とにかくがむしゃらに

やる、アメリカ人の特性がもっとも生かされた物理学であった。


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いかにも残念なのが、こうしたファインマン的やりかたによって、確かに

QEDは説明できたが、電弱理論や核子の理論になると、やはり、いろいろな

点で無理があり、もうすでに彼のやり方が、そのまま通用しなくなった、

という点であろう。 もちろん、ファインマン図、ダイアグラムそのものは、

β崩壊や、グルーオン などの素粒子物理学にも、形を変えて適用可能な

一般的なものであったのだが。。。


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このファインマン的やり方を、時間に関して量子化してみると、結構おもしろい。

時間を本当に量子化した場合、無限次元を扱うため、そもそも経路積分

なりたつのだろうか? 

時間の無限分割によって、無限大の成分が出てきて、それが発散する、

なんてことはないのか? その場合、やはり繰りこみの理論を使うことに

なるのだろうが、いままでのように、きちんと繰りこみが可能になるのだろうか?

この問題は、とある、動機により、そのうち、真剣に考えなければならなく

なるときがくるであろう。



http://members3.jcom.home.ne.jp/nososnd/ryosi/path.pdf


Note1:

量子化の手法は、ファインマンがやったようなラグランジェ案(ディラック方式)、 ハ見るトニアン方式、 シュレディンガー方式
(2つの折衷案)、 ハイゼルベルクの行列方式(朝永方式)と、
どれでやっても、最終的には、正準変換と不確定性原理による
洗礼をうけなれればならないので、結論は同じになります。 

なお、経路積分は、数学的には、未だに本当に無限大まで拡張できるか、
という保証はないそうです。いかに、ファインマンがえいや、でやって
しまったか、わかりますね。 彼には、それが見えていたと思います。