脳神経科学研究の意味:神経細胞の振る舞いと情報の符号化

脳は、神経と血管で構成されている器官(臓器)であるから、脳科学というのは、
心臓科学などという言い方と同様でおかしい、という意見がある。できるだけ、脳神経科学とか、
脳情報処理科学とか、言うようにしているのだが、どうしても脳科学と省略していってしまう。

ともあれ、脳の研究をして何がうれしいか? 何が面白く何が不思議か、という脳研究の意義、意味に関連する質問に対して、真摯に答えるときがきた。

僕にとって、脳は究極の情報処理機関である。情報学の観点から言えば、生物の器官の
なかで、本当の意味での情報としての意味(情報の「符号化」)を持っているものは、
細胞の設計図としてのDNA、RNA,それが組みあがった様式としてのたんぱく質の発現、
そして神経の信号伝達(チャンネル、レセプタ)、その総合としての活動電位
(Action Potential)である。 活動電位は、3つの点で情報として神経回路網内部で
意味が生じる。

ひとつは、その発火頻度(Firing rate)である。例えば一秒間にどれだけ発火するか、によって
その頻度が高ければ、ある情報をより確実に、より正確に他の細胞に伝えることができる。
感覚細胞(視細胞など)からの信号の強度は、発火頻度に翻訳され、信号(情報)としての
意味が生じる。これは、数学的には活動電位を積分した値とみなすことができる。
結局発火頻度というのは、神経活動の速度と量を測っている、ということに等しい。

2つめは、2つの神経細胞からの発火の同期(時間的一致)である。 これは、例えば
2つの神経からの発火が、3つ目の神経と接続されている場合を考えてみよう。
2つの神経の発火(活動電位の発生)のタイミングが、ある一定の時間窓内部
(例えば数百マイクロ秒以内)に収まっているとき、それらが、お互いに同期している、
と定義することができる。神経信号が同期するためには、実は、2つの神経細胞間に
何らかの時間的相互作用が生じる必要がある。この詳細については別に論じる。


3つめは、1つの神経細胞の時間的周期活動である。1つの神経細胞は、仮に
他の神経細胞からの時間的相互作用を受けているとすると、その活動が
フィードバックループを作る場合がある。 このとき、信号は、ある一定の
時間遅延に従って増幅し、極大になった後で、低減する。 それが極小になれば、
逆にコンデンサの定理から、また増大する。 こうして、活動頻度が増大したり
縮小したりを繰り返す。 これが、時間的周期活動である。 (数学的記述は
ここでは省略する)。

当然2つ目の同期と周期活動は関連する場合があるが、関連することが必要十分
条件ではなく、この2つは数学的には独立に定義できる。

2つめと3つめの情報の符号化は、2つ以上の神経細胞動詞の相互作用を前提とした、
時間的符号化であり、1つめの量的符号化(積分)とは、本質的に異なる。
1番目と、2または3番目の符号化は、独立に起こりうる符号化のやり方である。
1番目と3番目の符号化は、神経細胞1つで意味を成す。2番目と3番目の符号化は
複数の神経細胞集団にて意味を成す。 

神経細胞とは、かくも複雑な情報の符号化をしているのである。